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2011年5月

2011年5月27日 (金曜日)

書き散らすよー。

南京事件ちょっと読みました。
あとネットでも色々と見てみました。
関係ないんですが、国共内戦の映画とかも見てみました(すごかった。泣いてしまいました)。中ソ紛争の映画は探してるんですがまだ見てません。あるのかな。

ではちょっと自分用におさらいを。事件定義。
・範囲は南京城区内メイン。広さはほぼ山手線の内側(関西人の私はあまりぴんと来ませんが)ほど
 ・↑このほかにも南京行政区全体(南京市:6,597 km²)という定義、もっと狭い定義(安全区内限定)、上海から進軍する際に起こした略奪なども含む、という説あり
・期間は
1937年(S12)12月13日の南京城陥落~翌年3月28日臨時政府成立までの3ヵ月半
 ・↑もしくは、
南京城陥落~翌年2月14日の中史那方面軍再編までの2ヶ月間
 ・↑もしくは、6週間(日時はよくわからなかった)。たまに数日とかいう人がネットにいる
・このように範囲でも日数でも定義がメチャクチャ。文系の学問はここが苦手…。
・(たぶん)中国共産党の公式見解:http://japanese.china.org.cn/japanese/169792.htm
 『12月13日
南京陥落。日本侵略軍軍部、日本兵の強奪・殺りくを放任、殺害されたり生き埋めにされた中国民衆30万人以上・強姦事件2万件以上にのぼる凄絶悲惨な「南京大虐殺」を惹起。』

 ・↑中文ページが見つからなかった。ネットで公式見解をググっても人数以外はっきりしない。
 ・↑一応『軍民あわせて30万以上、日本軍の蛮行は疑いの余地なし』が見解らしい。
 ・↑ちなみに中国側の歴史学会では『蛮行はいいとして、人数ちょっと盛りすぎだと思う』という論調…らしい。ソース未確認につき噂ということで
・日本政府の公式見解:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/08.html
・国民党の公式見解はみつけられず。
・上記の範囲、期間内においての

 1.正規中国軍兵士(正規戦闘行為につき違法性なし)
 2.正規中国兵のうち捕虜となった人
(基本的に殺しちゃダメなのでダメ)
 3.正規兵、もしくはあやしいゲリラ兵
(私服を着ているため便衣兵という。攻撃してきたのならば殺しても違法性なしだが、捕まえて捕虜にしちゃうのが確実らしい)
 4.正規兵だけど逃げ出した敗残兵
(逃亡兵だけど、戦意喪失してる場合はむやみに殺しちゃダメ。降伏させて捕虜にすれば違法性なし)
 5.3および4とおぼしき人間
(怪しいってだけで殺しちゃダメ)
 6.民間人
(明確な国際法違反)
被害者数(犠牲者数?)というのはこの総数
被害者や死者のうち、国際法違反とみられる行為を問題とする。


定義はこんなんでいいのでしょうか?ていうかこういうのって最初に定義きめとかないの?
まさか日数も範囲もグチャグチャだとは思いませんでした。極東軍事裁判とか全部読まないとわからないんだろうなーと思います。
一応あの裁判をもとに講和条約で手打ちにしてる(んだよね?)ので、それ基準で解釈するのがいいのかな…?

より信憑性の高い資料にあたるべしでしょうか。
英語ができないのが致命的ですね…中国語も短い文章しかわからないし…困った。

2011年5月12日 (木曜日)

マジで殺しにかかってるなあの会社

この不況で人員削減の中、さらにまる一人分仕事引継いでおけとか、マジで会社からイジメに遭っています藤原あやめですこんにちは。

奴隷自慢ですともこんにちわ。

これで総計5人分くらい引き継ぎました。しんでまうわ。

また業務圧縮して定時帰り模索したるわ。覚えとけ。

2011年5月11日 (水曜日)

こんな嘘で誰が得するんだろう?

南京事件についていろいろ読んでみようかなー、と思っています。
とりあえずこのへん押さえとけばいいんだよね?↓

思ったより安かった…。
まだ買ってないのですが、派閥争いによる大嘘つき合戦みたいになってるみたいですね…。
この論争に関して初めて知ったのは高校生の頃、バス待ちの暇つぶしに図書館に置いてあったゴーマニズム宣言を読んでたんですが、あそこで『相手の発言をミスリードさせる引用の方法』みたいなのを知ったような気がします。
メディアリテラシーの本なんかを読んでてもそうなんですが、独特のテクニックがあるみたいですね。

とりあえずネットの情報を元に流れを見ると、

1937年8月:第二次上海事変勃発。宣戦布告ができないというgdgdな中、gdgdに日中全面戦争突入。
同10~11月:中国軍、上海から撤退。日本軍、中国軍殲滅のため、いろいろ押し切って首都南京に攻め入るための追加人員を要請。
・若干gdgdしたものの最終的には増員決定。中支那方面軍(人数がググってもでてこない…)編成。
・当初、上海在留邦人を守るために派兵されたらしい上海派遣軍、やっと敵を追い払ったのにさらに南京まで追いかけて皆殺しにしだの物資無くて食べ物無いから現地で調達しだの、ブラック企業☆大日本帝国軍本領発揮な命令を浴びせられる。
・↑一説によると、この無茶振りに心が折れて日本兵の大部分がヒャッハー化したそうな。
1937年12月:南京城陥落。国民党政府は撤退済み。定義上の『南京事件』はこの直後からスタート
そっから約三ヶ月間:日本兵、中国兵の生き残りを始末する、と言い、明確な基準がないまま怪しそうな奴を片っ端から殺害。ゲリラっぽい怪しそうな人もついでに殺害。本来捕虜としてごはんとか食べさせないといけない筈の投降兵を騙して殺害。ほか略奪強姦放火と、人間の本能を剥き出しにして暴れる。
1938年2月:日本軍、部隊再編成。定義上の『南京事件』はここまで

こんな感じでしょうか。あくまでネット情報ですが…なるべく正確な資料が欲しいところではあります。
近所の本屋にあるかな~…。

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