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2013年11月29日 (金曜日)

それは正義じゃない、欲望だ

ご注意:藤原彩女はwwwにおける「炎上」と「祭り」の区別があんまりついてません

[書店の店員「欲しい本くらいてめえで探せ。ないならAmazonで買え」:Togetter

こんばんは、藤原彩女です。
今年の流行語大賞候補に「バカッター」があるそうですね。(→ユーキャンのサイト
そろそろ年の瀬ですが、今年もあちこちで火柱が上がった年でした。
定休日を調べもせずに行ったラーメン屋に入れなくて人を悲しませますさせたり物理的に車椅子での入店が危険だと思われる店に入れなくて不快な思いをしたりバイト先の商品で遊んでみたり外食店で遊んでみたり
ぜんぶTwitterですね。バカッターの他にはデマッターなどと揶揄されるTwitterですが、「人は自分の信じたいものを信じる」が露骨に表れやすいSNSだなあ、と思います。
さて、この手の炎上祭りにつきものとして、「特定」という行為がありますね。
問題発言者の過去のツイートやブログ記事などから個人情報を絞り込み、時には現地に赴いたりして暴き出すような行為です。
ぼかした写真から問題発言者の勤務先や自宅を特定されたり、卒業証書の写真と過去の発言などから出身高校と進学先、実家まで特定されたり
そしてその情報を面白がって拡散したり。
この特定によって、ネット上に永遠に消えない情報を晒され続けている人がいます。
「特定班は恐ろしいな」「スネーク乙」などという言葉とともに、炎上の燃料として非常に燃えやすいものであると言えましょう。
また、それを逆手にとってデマを撒き、まんまと信じた「自称正義」側が笑いものになったケースもあります

この特定行為なんですが、問題発言者の発言が「あきらかに問題」である事が多い昨今の祭りにおいては有意義になることもあり、しかし「やりすぎ」「(特定する側の)暴走」を招きやすいと危惧されたりもしています。

私含め、ヲッチャー界隈に足を突っ込んだ経験のある方なら承知のことかとは思いますが、あれ、「ゲス行為」なんですよね。
過去の記事のちっちゃーいところを穿り返して個人情報を特定したり、逃げても探し出して晒したり。
もちろん「あきらかに問題のある行為」をした相手に限りで、非のない相手にやると非難されますが。
ただまあ、晒し行為には違いないわけです。

そしてこの特定晒し行為、情報特定者には多大な称賛が浴びせられる場合が多いのです。
SNS界隈でたびたびお見かけしますが、クローズドサークルの中で浴びせられた称賛の快感により発言から客観性が失われていく方が意外と多い
「まわりをイエスマンで固めた権力者は滅びる」という事例は歴史上たくさんありますが、Twitterというシステムはその状況を作り出しやすいのではないかと感じています。

さらに情報提供者以外の「非難する」側もけっこう気持ちいいんですね。なぜなら「自分は正義感によって、間違った相手を弾劾している」といった感覚が味わえるので。
しかも自分は自分の情報を出していないわけですよね。安全圏から「悪を非難」できるわけです。それはもう気持ちいいことではないかと思います。
ぶっちゃけ自分の快感のために相手の非を晒しまくるわけですね。
ですので大抵のヲチャはそれが「本当は褒められたものじゃない行為である」と自戒して、己はゲスであると自覚しつつ、晒すわけです。

みんながみんなそうではないでしょうし、純粋な怒りを継続させている方もいらっしゃるでしょうが。
ただ大規模な祭りになってくると、どうしてもゲスってのは増えてきちゃいます。

相手が間違っているから特定するというのが当初の動機であったはずが、いつの間にか間違っている相手を特定するのが快感、に変化していってしまうケースがあるな、と思うのです。
勿論非道な発言や行動は非難されるべきでしょうし、特定によっていい方向に向かうこともあります。ですが、だから「特定」が正しいかというと、これは必ずしも正しくはないと思います。

冒頭に上げたTogetterの記事ですが、これ前半と後半で流れ違いますよね。
書店店員さん(自称ですけど)の発言に問題がなかったとは言いません。ワールドワイドに発言する以上、批判を受けてもおかしくない内容ではあったと思います。
が、コメント欄で多数の方がご指摘の通り、勤務先を明かせと執拗に絡むのはやや異常ではないかと感じます。
今年起きた炎上事例のうち、いくつかの店舗や発言者の勤務先が休業・廃業などに追い込まれたり、店内機具の清掃や買い替えを余儀なくされて損失をこうむったりといった流れがありました。

「凸」と呼ばれる行為ですが、つまり具体的に加害者側…と思われるところに電話などで苦情を訴える行動がありますよね。
「特定」に並ぶ、炎上祭りではおなじみの行動です。
これまた、凸した人は称賛を浴びるケースが多いようです。
「凸乙!しかし○○の(凸先の対応の不手際など)はひどいなww」などという具合ですね。

何が言いたいかというと、この「行動について称賛される快感」や「特定されていく過程の快感」、あるいはもっと単純に「少しでも問題発言(と感じる)のあった相手はすべからく特定されるべし」と言った動機で意見している人がいるのでは…という疑念です。もっというとタダの邪推なのですが、そのように感じる方を散見するので…

食品衛生の点で問題があったり、非のない店をそれなりに知名度のある人間が難癖つけたり(しかも謝らなかったり)と明らかな実害が予想される場合においての特定行為・炎上はまだ「正義」と呼んでも良いかもしれませんが、それはせめて実害の予想される程度によるのではないかというのが私の考えです。

従ってなんでもかんでも「特定」していいものではないのではないか?程度の軽いと思われる問題発言についてまで絡んでまで、特定・炎上にもっていくのは単に「自分の快感」を求めているだけの行為ではないのか?…と感じるのです。

どこをもって問題とするかのラインは人によって違うでしょう。
あとは、そのラインを「正義」であると誤認しているかいないか。
自分が祭り状態を楽しみたいがために、それほどの問題でもない発言に「正義」を要求してはいないか?
己の快感のために、客観性を失ってはいないか?

――このあたりのタガが外れている方がたまにいるように見えるのです。ご本人さんにとっては「正義」を行っているつもりでも、それはただの晒し行為、個人情報開示の強要ではないのかと思えます。

…とここまで書いて思ったけど、件の松茸アイコンはただのちょっとおかしな人なだけなのかもしんない。

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